深遠なるフランス式サンドイッチの世界 ~Bordeaux編~

大阪医科大学 整形外科学教室 藤城 高志

以下の内容をPDFで表示するにはこちら (PDF形式 3.8MB)

 フランスは美食の国として有名で、色々な美味しい食べ物がありますが、サンドイッチに勝るものはありません。

 我々日本人のサンドイッチのイメージは、食パンに色々な具材を挟み、綺麗に三角形、もしくは長方形に切り揃えられたイギリス式のものだろうと思います。一方フランス式サンドイッチは、フランスパン (バゲット) に切れ目を入れ、その中にハム、チーズ、野菜などが雑然と挟んだものです。私がボルドーへ留学した初期の頃、インターンルームに食べかけのサンドイッチがころがっているのをよく目にし、“あんなものは絶対に食うまい” と思っていました。しかし、小腹が空いた時、旅行に出かける際にふらっと立ち寄った Boulangerie (パン屋) で食べているうちに、自分達の生活になくてはならないものになってくると同時に、“なんという奥深い食べ物か” ということが次第にわかってきます。恐らく、フランスのサンドイッチは、日本のおにぎりと非常に似た存在なんだろうと思います。

 このフランス式サンドイッチは、街の Boulangerie に行けば必ず出会うことができます。基となるバゲットはBoulangerie によって違うのはもちろんのこと、中に挟む具材もそれぞれであり、無数の選択肢があります。それ故、“今日はこんなサンドイッチを食べたい”、“今日はサンドイッチでこんな気分になりたい” という我々のわがままで多様な要望にも、フランス式サンドイッチはいつでも答えてくれます。その際にまず重要となるのは、値段、大きさ (どれくらい満腹になるか)、中に挟まれた具材でしょう。ただし、ことはそれほど単純ではありません。フランス式サンドイッチは、小さいものでも20cm程度、大きなものになると30cmのバゲットを基本とするため、“一口目の美味しさ” はもちろんのこと、それを飽きずに食べさせる “持続力” も非常に大事となってきます。さらに、中脳皮質系ドーパミン神経を刺激しまくる “今日、これ、絶対食べたい” と思わせる見た目の美しさ (“風貌” と言います) も、至極のサンドイッチには必ず備わっている要素です。

 この紀行文では、私たち家族がボルドー留学中に愛してやまなかった珠玉のサンドイッチ5選を紹介します。

Sandwich, 4.0£ @Au Périn Moissagais
(72 Cours de la Martinique, 33300 Bordeaux)

 Au Périn Moissagais はボルドーの北部郊外にあります。重厚な石作りのいかにも “ヨーロッパ調” な住宅街にひっそりと佇むこの Boulangerie から紹介するのは、その名も “Sandwich”。具材はハムとチーズで、これは日本のおにぎりでいう “梅” にあたるのではないかと思います。

 バケットは “端っこが一番美味しい” と皆が言いますが、その両端が切り落とされた無骨な風貌。これまたワイルドなルックスのハムとエメンターラー。一見身構えますが、見た目とは裏腹に非常に優しく懐かし味わい (もちろん、こういうものを昔食べていた訳ではありません) の “山のフドウ” 的サンドイッチ。硬いバケットの端っこが省略されることで、最初の一口目からスムーズにサンドイッチ中枢部へ迷い込むことができます。そうするとなるほど、バケットの端っこがないことは、この視覚的なワイルドさと味覚的な郷愁を同時に演出するための工夫なんだなと理解できます。そしてもうひとつこのサンドイッチを特別なものにしているのは、なかなか出会えないという Premium Feeling。“今日はあるやん!” という喜びも、フランス式サンドイッチを楽しむ醍醐味の一つです。

Thon Crudités, 4.5£ @Maison Lamour
(157 Rue Judaïque, 33000 Bordeaux)

 Maison Lamour はボルドーの中心地を取り囲む住宅街 “Old Bordeaux Town” にあり、目の前には市民プール “piscine judaique” があります。この Boulangerie はフランス国内のテレビ番組でのバケット・コンテストで優勝した経験があり、小さな店ながらもいつも繁盛しています。

 賞を受賞しただけあって、とにかくバケットがうまい!この小麦香るバケットは、日本では絶対に食べられません。ここでは色々なサンドイッチを試しましたが、ハム、チキンなどではこの芳醇なバケットと対峙することは難しく、ツナがベストな具材であると考えます。決して気を衒わない味と風貌の燻銀サンドイッチ。しかし、もういつまでも延々と食べ続けていられるような、麻薬的危うさを兼ね備えています。

Poulet Curry, 4.5£ @Pomponette
(2 Rue Répond, 33000 Bordeaux)

 この Boulangerie も Old Bordeaux Town にあり、息子が通っていた小学校からの帰り道にありました。隣は高校で、まさにその購買部的な Boulangerie とも言えましょう。ここでは豊富な種類のサンドイッチを提供していますが、その中で紹介するのはカレー味の “Poulet Curry”。カレー味のサンドイッチはフランスでも非常にレアで、滅多にお目にかかることはできません。

 とにかく大きい、大人でも半分食べれば満腹になります。さすが、フランスの高校生の胃袋を支えるサンドイッチです。チキン、トマト、ルッコラなどの具材も十分な量で、これらがマイルドなカレー味にまとめられていますが、このサンドイッチの “肝” は紫玉ねぎのスライスです。この辛味が、巨大なカレー風味のサンドイッチを大人な味わいにし、さらに最後まで飽きずに食べさせる絶妙なアクセントとなっています。ランチはもちろんのこと、ワインのアテとしても楽しめる、非常に守備範囲の広い変わり種サンドイッチです。

Jambon Crudités, 4.5£ @Laurent Lachenalt
(101 Avenue Jean Jaurès, 33600 Pessac)

 Laurent Lachenalt はボルドーの隣町のペサックにあり、ゆったりとしたイートインスペースがあります。ボルドー留学中、“毎週土曜の昼はこの店でサンドイッチ” というのが我々家族のルーチンでした。この店は Boulangerie というよりはカフェの趣で、ケーキなどのスイーツが店のメインのショーケースに所狭しと並んでいますが、店の奥まった場所にあるこじんまりとしたケースの中に至高のサンドイッチ “Jambon Crudités” は眠っています。

 とにかく、紐で縛られたバケットから大きくはみ出したハムとチラつくスライスゆで卵。この妖艶なルックスにやられて、この店でこの “Jambon Crudités” 以外を食べたことはほとんどありません。バケット、具材のどれもが非常に素朴な味わいであるものの、これらが三位一体となった時に醸し出す目眩く華やかな味わい。(多分) 子供から大人まで、皆が大好きな味。私たち家族がボルドー滞在中に最も食べた癒し系サンドイッチです。

Le Fermier, 3.5£ @Elgoyhen
(44, 46 Rue Grateloup, 33000 Bordeaux)

 最後にご紹介するのは、Elgoyhen のサンドイッチ。この Boulangerie はトラムB線 Bergonie 駅前、ボルドー大学留学生センターの隣にあります。比較的新しい建物で、いかにも “街のパン屋” という外観で、オーソドックスなサンドイッチが並びますが、ここで食すべきは “Le Fermie”、日本語で “農場” を意味します。

 中の具材はチキン、レタス、トマトというフランス式サンドイッチで非常にポピュラーなもので、これはおそらく日本のおにぎりでいう “おかか” 的なものだろうと推察されます。ポイントは雑に塗られたマスタード。次の一口はマスタードパートなのか、そうじゃないのか、と思うだけで、どんどん食べ進めていってしまいます。もしこのマスタード分布を計算してやっているなら、フランスは本当に恐るべき国です。カリカリに焼かれたバゲットとしっとりした具材の釣り合いが絶妙であり、“こんな単純な食べ物がどうしてかこんなにうまいのか” という思いから、必ず “なんでや、なんでや” と禅問答的トランス状態に陥りながら食すことになります。われわれ家族が絶賛するボルドーのミラクルサンドイッチです。

 日本にも美味しいものはたくさんありますが、フランスの“美味しい”はそれと似て非なるものです。しかし、異国の人間ですら “美味しい!” と虜にしてしまう、そして5£以下で食べることのできるフランス式サンドイッチは、“フランス美食” の究極のかたちと言っても過言ではありません。まだ自分の知らない奇跡のサンドイッチがフランスに眠っていると思うと、ワクワクが止まりません。皆様もフランスを訪れた際は、是非お気に入りのサンドイッチを見つけてください。

コメントを残す